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3つの視点から見る
働く女性の今とこれから

栃木県内で働く、さまざまな職種・役職の働く女性に、
これまでや現在の働き方と、
今後の展望について語っていただきました。

メンバー紹介※ 所属・役職は取材当時
  • 橋本恵美さん
    花咲グループ
    会長
  • 荻原恵美子さん
    株式会社下野新聞社
    販売事業局
    販売事業センター長
  • 福岡紗綾さん
    レオン自動機株式会社
    開発設計部 機械2課
はじめに
普段の仕事と、
勤務日の過ごし方
まずは自己紹介を兼ねて、普段のお仕事や役割と、勤務日の過ごし方を教えてください。
橋本恵美さん

私は、栃木県内に拠点を持つ「物流とIT」を中心とする5つの企業からなる花咲グループの代表取締役会長を務めています。ハードからソフト、保険まで幅広く扱う企業グループで、41歳のときに創業者の跡を継いで会長に就任しました。
普段は朝8時15分ごろに出社します。車通勤をしながらその日のニュースを聞くのが日課です。
普段の仕事は花咲グループ各社の役員会議や経営戦略会議などへの出席のほか、行政機関の審議会委員、栃木県経済同友会など社外での活動も多く、同友会の講師派遣事業で県内の小中高等学校でのキャリア教育の講師を務めることもあります。おおよそ18時半から19時半ごろに帰宅し、夕食や小学生の子どもとの楽しい時間(その日の学校や塾での出来事を聞いたり、宿題へのアドバイスをしたり)を過ごして23時ごろに就寝します。

荻原恵美子さん

私は下野新聞社で、販売事業局のセンター長として仕事をしています。販売事業局は、主に下野教育書道・美術展や模擬テスト、コンサートや美術展など、自社のプレゼンスを高めるイベントを実施しています。
最近子どもがひとり暮らしを始めたので、以前よりも朝はゆっくりできるようになりました。7時ごろに起きて朝食を作り、朝ドラを見てから出社します。
勤務は9時から17時半まで。社内外の調整業務が中心です。
現在の部署に異動する前は30年ほど、編集局で記者として働いていました。

福岡紗綾さん

レオン自動機の開発設計部に所属しています。新卒で入社して、現在は3年目です。レオン自動機株式会社は餡を包む機械「包あん機」をはじめとした、さまざまな食品機械を製造している会社で、私の役割はお客さまの要望に応える機械を設計することです。パソコンと向き合い、専門のソフトを使って設計するだけでなく、設計した機械の調整のため、一部加工や組み立てを行うなど、軽い現場作業をすることもあります。
朝はお恥ずかしながらおふたりのようにゆっくりはしておらず、7時半ごろに起きて、8時半の始業に間に合うように急いで準備をしています。定時は17時半ごろで、残業がない日は自宅で料理を作り、友人とオンラインゲームで遊ぶこともあります。

仕事モードをOFFにする瞬間は? お気に入りリフレッシュ術
いそがしい毎日だと思いますが、ホッと一息つくのはどんなときですか?
栃木県内のお気に入りの場所、最近ハマっている趣味など、皆さんのプライベートなリフレッシュ方法を教えてください。
福岡紗綾さん

県外出身で、就職を機に栃木県に引っ越したので、仕事と同様に栃木県在住も3年目です。最初はまったく土地勘がありませんでしたが、徐々にお気に入りのカフェや飲食店が増えてきました。食べることが好きなので、オムライスやラーメンなど、おいしい食べ物を探していろいろなお店を開拓しています。
他には、友人の家に行って一緒にネイルアートをしたり、温浴施設に行ったりなど、外に出てさまざまな体験をすることが多いです。家に一人でいるのが好きではなくて、休日は出かけていることが多いですね。

荻原恵美子さん

私のリフレッシュ術は「人と会うこと」です。学生時代の友人やママ友、社外の方とおいしいものを一緒に食べてさまざまな話をすることが何よりのリフレッシュだと感じています。
ミュージカルも好きなので、都内などへ足を延ばして観劇することも楽しみのひとつです。もちろんその際には、おいしいものを食べてから帰ります!ただ、観劇も毎週とまでは行けませんので、最近はサブスクリプションサービスで韓国ドラマを観るのにもハマっています。

橋本恵美さん

勤務日は、子どもや夫と話す時間が大きな癒しです。休日には自分の時間を持つようにしていて、土曜日はお稽古の日として茶道を嗜んでいます。おいしい一服のお茶をたてるためのおもてなしの心と作法、お釜の湯加減、掛け軸や季節のお花、そしてお茶の味を引き立てるお干菓子、その日のお稽古でご一緒した仲間との会話など、まさに「一期一会」の世界で、そのひとときを楽しむことでリフレッシュできていると感じますね。
身体が疲れた時はアロママッサージや美容院に行くこともあります。日常から切り離した時間を持つことで気持ちが切り替わり、頭が冴えてくるような感じがするんです。

しごとについて
キャリアの最大の「転換点」と、
乗り越えた壁
「このままではいけない」「次のステージへ行こう」と強く感じた、キャリアのターニングポイントはいつでしたか?
その時、どんな壁にぶつかり、どう乗り越えたのか教えてください。
橋本恵美さん

東京で大学を卒業してから、オーストラリアでの1年間の留学を経て、花咲グループの1つであるマテハンソフトで一般社員として働いていました。39歳の時にグループ会長である父が不治の病を患ったことで、グループ全体をまとめる跡継ぎが必要となり、グループの中心である、栃木小松フォークリフトの管理部に移って、1年の間、経営企画室長を務めることになりました。当時は従業員の出入りが激しく、現状の把握のために、1年かけて社員全員との個別の面談の機会を設け、みんながモチベーションを上げて働けるにはどうしたらいいかを模索する日々でした。
グループ会社とはいえ異なる業種の会社でしたから、着任後は商品である機械のことも、お客さまのことも、従業員のこともわからない。「ないない尽くし」で大変でしたし、最初はあまり歓迎されないのではないかと思っていました。けれど、熱意をもって真摯に取り組んでいたら、少しずつ周りが理解をしてくれるようになりました。
業歴と共に全体にマンネリ化した会社の雰囲気が徐々に上向き、従業員とも縁を深められたのは、あのときの熱心さがひとつの鍵になったのだと思います。栃木小松フォークリフトに移ってから1年後に会長になりましたが、社内への声掛けや、新入社員研修で直接経営理念を伝えるなど、コミュニケーションの重要性を感じています。

荻原恵美子さん

出産が転換のきっかけであり、壁でもありました。
子どもを持つまでは、仕事は男女関係なく活躍できると思っていましたが、いざ出産を経てみると、以前のように仕事に復帰することがとてつもなく大変で。短時間勤務は小学校3年生までのいずれか3年間という決まりだったので、小学校に上がるまではフルタイムにしました。
当時は忙しい部署に所属していたので、定時は10時から18時までだったものの、残業もしなければ仕事が回らない状況。夜まで預かってもらえる保育園に頼って、なんとかやりくりしていました。
小学校に上がってからは3年間、短時間勤務制度を使いました。さまざまな関係者に話をして、同僚にも頼ることを繰り返しましたが、子どもにも会社にも申し訳なくて、自己肯定感が下がった10年間だったと思います。
今でも「乗り越えられた」と自信を持っては言えないですし、自分のやり方が必ずしも他の人にも効果的とは思いません。ですが、周囲の人と助け合うことや、制度を上手に使うことはとても大事だったと感じます。

福岡紗綾さん

私は大学生活にコロナ禍が直撃した世代です。授業はずっとオンラインで、対面でのコミュニケーションが少なかったこともあり、正直なところだらけた生活を送っていました。学生時代には勉強や就職に対する強い意欲が持てないこともありました。
自分が設計した機械がつくられていく工程では、さまざまな人とかかわることになります。大学ではオンライン授業のために実技や演習ができなかったのですが、現場で機械を加工するための技術は先輩が親身になって教えてくれました。設計の修正も、先輩に相談したら真摯に対応してくれますし、現場の方も一緒に取り組んでくれます。「いい機械を作ろう」という熱意に数多く触れるようになると、自然とやる気が湧いてきました。仕事への意欲がぐんと上がった瞬間が、私のターニングポイントだったと感じます。

もしも当時の自分に会えるなら、なんて声をかける?
キャリアや生き方に悩んでいたころの自分に今の自分からアドバイスするとしたら、どんな言葉をかけますか?
橋本恵美さん

今声をかけるとしたら「肩の力を抜いてもいい」と言いたいですね。とにかく一生懸命になりすぎていたように感じます。当時愛読していた松下幸之助さんの本に「経営者は熱意においては誰にも負けてはいけない」という言葉がありました。会社をよくしたいという気持ちだけは誰にも負けない!という信念があり、それによって周囲に理解してもらえた面もあると思いますが、少しリラックスして取り組んでもよかったように感じています。

荻原恵美子さん

「あなたじゃなくてもできたよ」と言ってあげたいです。仕事の代わりは見つけられるけど、親の代わりはなかなか見つけられない。当時は仕事を回すことを頑張っていましたが、そのエネルギーは「制度に合わせる」ことではなく、それで無理が生じるのであれば「制度を変える」方に使うべきだったかなと。むりやりやってきてしまったことは、反省点でもありますね。

福岡紗綾さん

大学生のときはお昼に起きて深夜に寝るという生活で、規則正しい生活で働き続けることができるのかもとても不安でした。しかし、実際に働いてみたら、仕事にも意欲が湧いたし、自炊しながらきちんと生活することもできている。当時の自分には「やればできるよ」と言って、安心させてあげたいです。

人を動かすコツと面白さ
それぞれの立場で感じる「人を動かす(巻き込む)」ことのコツは何ですか?
また、チームや組織が一体となって動いた時の、やりがいや面白さについてもお聞かせください。
荻原恵美子さん

前述のとおり、私の役目は「調整係」だと思っています。難しい部分もありますが、コミュニケーションを密にとって、反対していた人を説得できたときにはとてもやりがいを感じます。
編集局にいたころ、なかなか周囲の理解を得られず進めることが難しい企画がありました。社内アンケートを実施した際には、チーム一丸となってこまめにリマインドをしたり、直接声を掛けたりすることで回答率を上げ、まとめることができました。コミュニケーションをとることで仕事を形にできるのは、私にとってなによりの喜びです。

橋本恵美さん

人は叱ることで動くのではなく「ありがとう」で動くと考えています。実際に、ポジティブな声掛けをしたほうが動きもよくなると感じることは多いです。なにかあれば、その場で感謝したり、会議の場で好事例として共有したりする。直接でも間接でも、そういったことで本人のモチベーションが上がると思います。
また特に女性社員が元気な会社は男性社員も元気で「全員活躍」というのがよいですね。栃木小松フォークリフトでは10年以上前から「女性活躍推進リーダー」という役割を作って、リーダーを中心に女性社員たちが自分たちで考え、より積極的に自分たちの職域を増やし成長するように促す機会を設けました。以前は皆無だった管理職に女性社員が数名昇格して、中には更に上を目指したいという社員がでてきたのは非常によいことだと思っています。

福岡紗綾さん

入社してから、ミスをしてしまったことが何度もあります。簡単な現場作業は担えるといっても、現場の方に対応をお願いしなければならないことも多くある中で、上司からの言葉を大切にしています。
それは「現場に足を運ぶこと」です。何かをお願いするときはできる限り直接顔を合わせてお話しすることや、対応してもらった後はお礼と報告を言いに行くことを心掛けています。こうしたコミュニケーションを大事にしていくことで、現場の方と信頼関係を築き、よりスムーズな連携ができるようになると思います。心を込めてコミュニケーションをとることで、ミスをしたときにも「いい機械が作れればいいから」と言ってくれる人がいて、私自身とても救われています。

わたしについて
理想と現実のワークライフバランス、どうやりくりしている?
皆さんが考える理想の「仕事:プライベート」の比率は?
そして現実はどうですか?
福岡紗綾さん

理想は5分5分です。残業しなければならない日もありますが、平日は頑張って、休日には絶対に持ち込まないようにすることを心がけています。
残業があったとしても、お風呂に浸かったり、おいしいものを食べたりするなど、自分の時間を感じられるように心がけています。

荻原恵美子さん

私も理想は5分5分であるべきだと思っています。長時間労働礼賛のような世代ですので、それが染みついてしまっているところもあり、反省している部分もあります。
仕事を持ち帰る、というよりは、引きずってしまう。きちんと切り替えて、自分の時間を持つことは確かに大事ですね。育児中も時間をやりくりしてコンスタントに友人との時間をつくっていました。そのおかげで、時間ができた今に至っても友人との繋がりを持ち続けられて、心が豊かな生活を送ることができていると思います。

橋本恵美さん

経営者になるときに先輩から「経営者の仕事は365日24時間勤務」と言われたことがあります。自宅にいても何かあれば対応が必要となります。それでも、子どもが夕方自宅に帰ってくるときには、電気の消えた暗い自宅に迎えるのではなく、できるだけ明るい自宅で「お帰りなさい」と迎えてやりたいと思っています。夕方の会合も時々ありますので遅くなるときもありますが、なるべく定刻で会社を出るようにしています。無理をしない程度の時間管理ができればと思います。
我が家は子育てと家事全般を夫が担っていますし、夫の両親の助けに感謝しながら、みんなで子育てをしているところです。時間的な制約もあり、以前は「自分は子育てに何も関われていない」と自責の念で落ち込むときもありましたが、そんなとき、友人が「大勢が関わって育てるといい子が育つよ」と言ってくれたことがあったんです。その言葉を聞いて心が軽くなり「いい子に育ってくれるならいいか」と切り替えることができました。

働く中での「孤独」と、
どう向き合う?
周りにはなかなか言えないプレッシャーや、孤独を感じる瞬間はありますか?
そんな時、どうやって自分の心を立て直し、セルフケアをしていますか?
荻原恵美子さん

上司や同僚、ときには部下にも、悩むことがあればすぐに「どう思う?」と話してしまう方です。自分の中に留める、溜め込むということはあまりせず、周りの人と話すことがセルフケアにも繋がります。適度に発散していたことは、ここまで仕事を続けてこられた要因のひとつでもあると感じますね。

福岡紗綾さん

ミスしたときなどはすぐ上司に報告します。もし現場の方に強く言われたとしても、上司が声をかけてくれたり、一緒になって解決にむけて動いたりしてくれる環境なんです。
ストレスが溜まるようなことはあまりなく、現場の方も優しく励ましてくれますし、同期も話をよく聞いてくれるので、周囲に助けられて落ち込むことなく生活することができています。

橋本恵美さん

私も「話すこと」がいちばんプレッシャーから解放される道だと思っています。仕事で悩むこともありますが、一人で考えているよりも、気分転換をして周りと会話していたほうが、よい解決策が湧きあがり、自然と道が開けていくこともあります。
経営者になったばかりで悩んでいたころ、出席したセミナーの講師をされていた方に現状をお話したら「自分を許してあげることよ」と言われたことが心に残っています。「できない自分でも、諦めずに続けて少しずつ前進すればいいんだ」と思えるようになったのはとても大きなできごとでした。

とちぎについて
ぶっちゃけ、「栃木で女性が
働く」ってどうですか?
Uターン・Iターンや、ずっと栃木で働く視点から「栃木だから働きやすい」と感じるメリットと、
逆に「栃木ならではの課題だ」と感じるデメリットを、率直にお聞かせください。
福岡紗綾さん

私は石川県出身です。石川県と栃木県は交通量などの差はあまりなくて、過ごしやすいと感じています。ただ、地元も同様なのですが、交通網が発達していなくて、近くにバス停がないなどの問題があるので、もう少し発達したらいいなと思います。
普段の仕事では機械を扱っているため、重くて持てない部品もあります。そうした点では筋力の差を感じたり、申し訳なく思ったりすることもありますが、働く上での男女格差はあまり感じたことがありません。
栃木県ならではといえば、入社当初は栃木の方言やイントネーションに慣れておらず「怒っているのかな」とドキドキしてしまうことがありました。最近は馴染んできたので怖く感じることはなくなり、みなさん優しいことがわかってよかったです。

橋本恵美さん

東京にもほど近く、新幹線に乗ればすぐ行けるというアクセスの良さは地元ながらに魅力ですね。水もおいしいし、治安もいい。子どもものびのび育てられる場所だと思っています。
一方で、若者と女性の流出が多いことは栃木県の課題ですよね。大学進学の時点で県外へ流出して、そのまま帰ってこない方が多いのではないかと思います。県内に進学先(大学や学部など)の選択肢が増えるとよいですね。また、栃木県に住むメリットを増やすためにも、健康や癒し、コミュニケーションに繋がる機会が充実しているとよいと思います。70歳以上の高齢者の方に配布されているマッサージなどの助成券※の対象拡大や、フィットネスジムの利用補助などがあると、運動とそこに集まる人たちとのコミュニケーションの両方の機会を得やすくなりそうです。
※宇都宮市の場合。市町によって助成制度の有無や内容が異なりますのでご注意ください。

荻原恵美子さん

地元は栃木県で、大学で県外に行き、Uターン就職しました。橋本さんがおっしゃったように、東京へのアクセスのよさや、気候のよさ、災害の少なさといった点で、栃木県は女性に限らず多くの人にとって、暮らすのに悪くない環境だと思います。
一方、ジェンダーギャップ指数において、栃木県では経済面の評価が非常に低く出ています。男女の賃金格差の問題など、さまざまな課題を抱えていますよね。「男は仕事、女は家庭」といった固定観念に対する不満も、その不満に対する反対意見もある。栃木県固有の問題とは思いたくないですが、ここは報道も含めて変わっていかなければならない部分だと感じています。

「もっとこうなれば!」栃木の女性が輝くための、未来への提言
もし皆さんが知事だったら、どんな政策を打ちますか?
「こんな制度や繋がりがあったらいいのに!」という、栃木の女性がもっと活躍しやすくなるためのアイディアを教えてください。
荻原恵美子さん

女性自身が「自分はできない」「現状でいい」と思ってしまうことが多いというのも肌で感じています。職場だけでなく、教育や地域などあらゆる面から、男女双方の意識を変えていけるといいですね。
審議会委員の女性率を上げるなど、ある種の強制力をもって男女を同率にしていくというのは行政機関だからこそ先陣を切って動ける部分ではないでしょうか。先例を作ってあたりまえにしていく、ということが必要だと思います。

橋本恵美さん

今は女性の大工さんも活躍していると聞いています。女性であるがゆえにその職種の視点が広がるということも大いにありますから、働く女性の職域を増やすようなことがしたいですね。
また働く方の立場で考えると、役所での手続き時間が拡大すればと思います。今は会社の休みを取って手続きしなければなりません。とはいえ、ずっと窓口を開けているのも大変ですから、オンライン手続きなどが充実することも希望のひとつです。
また、県内に働く場所はもっとあるにもかかわらず、企業のことが求職者に伝わっていない
のではと感じることもあります。情報発信に力を入れつつ、子ども時代から「栃木県は働くにも魅力ある場所だ」ということをみんなで知って学んで、郷土愛を育成できるとよいと思います。

福岡紗綾さん

橋本さんがおっしゃっていたフィットネスジムの利用補助は、私もとても魅力に感じます。料金の高さがハードルになって手を出しにくい面もあるので、そうした補助があれば通うきっかけになりやすいですね。
引っ越してきた当初は県内に友人がおらず、交友関係を広げるために地域のスポーツクラブに参加した時期があります。ただ、想定していたよりも競技に真剣に取り組むクラブだったので、ゆるく楽しむことを目的としていた私は結局長く続けられませんでした。最近県内で大規模な街コンがあったという話を聞いたのですが、同性の友人をつくるための似たような催しがあったら嬉しいですし、ぜひ参加したいです。

これから
これからの「わたしの野望」
仕事でもプライベートでも構いません。
今後チャレンジしてみたいことや、ひそかに抱いている「野望」を教えてください。
橋本恵美さん

経営者としては、常に新しい事業・会社を増やしたい考えがあります。私個人としてはもう少しささやかな目標です。子どもがピアノを始めて2年ほどになり、一緒にステージで連弾する機会が増えてきました。私にとってはほぼ40年ぶりのピアノです。年に数回の検定試験もあるので、新しい曲にチャレンジして、ふたりでできることを増やしていきたいですね。

福岡紗綾さん

長期間の海外旅行をしたいです。具体的な地域は決めていませんが、アメリカやヨーロッパなどの遠いところに行ってみたいと思っています。特にアメリカのディズニーランドには必ず訪れたいので、今から英語の勉強を始めるために、先日アプリもダウンロードしました。着手はこれからですが、将来の楽しみのために頑張りたいです。

荻原恵美子さん

2年前にゴルフを始めて、少しずつ練習しているところです。ゴルフは生涯スポーツともいわれます。現在から退職後までずっと楽しめるスポーツとして上達することが野望です。まずはスコアで120を切ることが目標です!

最後に、悩める後輩たちへ
「明日へのエール」を!
この記事を読んでいる、様々なキャリアステージにいる栃木の女性たちへ。
三者三様の立場から、明日からまた一歩を踏み出せるような、力強いメッセージをお願いします。
福岡紗綾さん

就職前の学生のみなさんには「一生懸命頑張れば大丈夫」と伝えたいですね。就職することそのものが不安な気持ちもあると思いますし、実際に働き始めれば、自分のミスで誰かに迷惑をかけて謝らなければならない場面も出てきます。けれど、自分が普段から真摯に頑張っていれば、誰かが助けてくれる。心配で足がすくむこともあるかもしれませんが、思い切って行動していくことも大事だと思います。

荻原恵美子さん

「求められている」です。専業主婦もお仕事をしている方も、すべての方が求められています。いまは女性の社会進出に向けてさまざまな制度が整えられつつある段階です。そうした動きをいっそう推進していくためにも、自ら足枷をはめることなく、自分を信じて進んでいける女性が増えれば、社会はもっとよくなっていくと思います。

橋本恵美さん

私はまず「気分転換を意識すること」「今を楽しむこと」をおすすめしたいです。がむしゃらに頑張る瞬間も必要ですが、ときには力を抜いてみて、今を楽しんでみてください。無理しすぎずに、心身ともに健康であることがいちばんです。
とりわけ働かれている方にむけては仕事で悩んだときに「ひとつ上の役職者の目線でものを考えてみること」をおすすめしたいです。課長だったら、部長だったらどう思うだろう?というように、自分のひとつ上の上司の目線を想像してみることでモノの見方が変わる・拡がることもあると感じます。